2016年4月26日火曜日

あんな風に喜びに満ち溢れている人が、 絶望に、孤独に、打ちひしがれる日がないわけがないのに。


「あんな風に喜びに満ち溢れている人が、

絶望に、孤独に、打ちひしがれる日がないわけがないのに。」

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4月24日(日)、福岡県立美術館で開催中の
色彩の奇跡 印象派展
に行ってきました。




印象派以前から、印象派後の流れまで時代ごとにズラ~っと展示してありました!
セザンヌ、コロー、モネ、シスレー、ゴッホ、ゴーギャン、スーラ、…などなど。

この他にも、名前の知れた巨匠の絵が盛りだくさん!
見ごたえ抜群の展示でした。

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絵を見に行くときは、普段は気構えて

「いろんなもの吸収しにいくぞ~!」

と絵と会話しに行くのですが、


その日は心と体がいろいろ疲れていたので、笑

「入ってくるものをそのまま受け入れよう……。」

と、ずんだれて絵を見に行きました。笑



そんな風にこころのままに絵を受け入れていたらですね。
今回は、


「こんなに幸福な絵を描けるのは、
感情の振れ幅が人より大きいからなのかな」

と感じたんです。

もちろん、画家によって、その振れ幅の大きさは違うんですけど。
(と、私が感じたんですけど。)


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何でもない日常をあんなに幸福に描ける人達が、
毎日を、たくさん傷つかずに過ごせるわけがないと思うんですよね。

目に入ってくるものほとんど全てが、何かしらの理解を自分に与えたり、
+ や - 問わず、感情として自分の中に飛び込んでくる。

意識してても、しなくても。


時々心の何かが振り切れて、涙が出たりしなかったんだろうか。

描くことは、その感情をうまく外に出せる行為となっているのだろうか。

誰かが傍にいることは、それらの苦しみを和らげてくれるんだろうか。


毎日の小さな発見が、涙が出るくらい幸福に感じたり、
誰かのこころの動きが、信じられないほどに良く見えてとまどったり。
悲しみに足がとまって、先に進めなくなったり。


みんなどこかでそんな自分に、
意識的に、無意識的に、折り合いをつけて、
いわゆる「大人」になっていくんだろうか。
「社会」で生きていくために。

「大人」になれない人は、この世の中でどうやって生きていったらいいんだろうか。
こころを大事にしながら、生きていく術はないのか。


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私は、
彼、彼女たちが描いている絵が、
ヒントになるんじゃないかなと思います。


絵をみる私たちが

なんら特別じゃなくても。

少し人と違っても。

大幅に人と違っても。

問わず、です。


少なくとも私は、彼らの絵が、
「それでいいんじゃない」
と、言っているように感じました。

そもそも振れ幅が大きいということは、人より幸せを感じる回数が多いということですしね。


このあたりは、今後、もっと深く掘り下げて考えてみたいと思っています。


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…まあ、うまく言えてないですね。すみません。笑
きままなブログなので、よしとします。


絵は、言葉を発することはないけど、だから、その人が読み取ったことが全てなんだと思います。


私も別の日の違う気分のときに見たら、また別のことを考えるんだろうな。
また、会いに行ってみようかな。

皆さんも、ぜひ。
本当に素敵な絵がたくさんでした。


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余談ですが、
絵を見る前に、近寄ってはくるけど擦り寄っては来ないにゃんこに出会いました。























何かさみしそうなオーラでも出してたんだろうか…。笑


でも君のおかげで隣に仲良し親子がやってきたり、ちょこっと元気になったよ。

ありがとう。



(1580文字)

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